「被爆柿の木」二世とは?
丸山公園の平和の丘にある、「被爆柿の木」二世を皆さんご存じでしょうか。
長崎で被爆した柿の木から生まれたものです。
昭和20年8月9日、長崎市に原子爆弾が投下され、約7万人が亡くなりました。
しかし数年後、長崎で数本の柿の木が被爆してもなお生き続け、毎年秋にはオレンジ色の大きな実をつけていました。
平成5年、長崎の樹木医・海老沼正幸氏は、その木から二世の苗木を作り、子どもたちに配る活動を始めました。その1つが高森町にも贈られ、今日まで大切に育てられています。

どんな木なの?
被爆柿の木は「とんご柿」という長崎県に古くからある渋柿の在来品種です。高森町でよく見る「市田柿」よりも3~4倍ほど大きく、ずっしりとした重さがあります。
市田柿と同様に渋柿なので、そのまま食べたらとっても渋い!
なのでこちらも干し柿にしてみようと思います。教育委員会事務局では柿を収穫して、皮をむき、干しています。立派な干し柿になるかな~
.jpg)
丸山公園 平和の丘
平成4年に丸山公園の一角に、平和の拠点になることを願って「平和の丘」が完成されました。丸山公園の平和の丘には、被爆柿の木二世以外にも多くの木が植えられています。アオギリやクスノキ、イチョウがあり、広島・長崎で被爆した木から生まれた二世です。
平和の丘では広島平和のバス出発式や、平和をつなぐつどいなど、平和に関する取り組みが行われています。
被爆二世の木からは、長い時を越えて生き続ける力強さがあります。ぜひ生命の力を感じてみてください。
