更新日:2019年04月11日

今村清之助ゆかりの地を取材をしました

2、番組がYou Tubeにアップされました

できあがった番組が、You Tubeにアップされました。

ご覧ください。

 

高森ぶらり散歩 ~明治の実業家 今村清之助~

 

1、今村清之助ゆかりの地を取材しました

1)番組制作について

平成30年2月27日・28日に、明治時代に活躍して鉄道王と呼ばれた、今村清之助ゆかりの場所を取材しました。

平成30年は、明治元年から満150年を迎えることもあり、今村清之助が改めて注目されています。高森町に住む皆さんが、清之助を通じて改めて地域の歩みを知っていただく機会とするために、テレビ番組を制作します。

番組名は「高森ぶらり散歩」です。高森町ケーブルテレビが番組を編集して、3月19日(月曜日)より高森町内に放送されます。

(横浜港周辺での取材)

清之助の功績だけではなく、人柄、成功の秘訣は高森町出身だったから!?等、史料ではわからないこともお伝えできる番組にしたいと考えています。

 

わかもの☆特命係の山岸さんがアシスタントとして出演します。清之助が横浜へ出た頃の年代です。若者目線で番組に関わっていただきました。

番組内の絵は、高森中学校美術部の生徒が色を付けたものです。清之助について学習を深めながら取り組みました。

 

「学習の様子」

「高森中学校美術部の生徒が今村清之助について学びました」

 

2)今村清之助とは

1864年(元治元年)に出原村(現在の高森町出原地区)の今村吉左衛門の次男として生まれます。

横浜へ出て商売を学び、苦労をしながらもコツをつかんでいきました。

1878年(明治11年)には渋沢栄一らと東京株式取引所(現在の東京証券取引所)の設立に関わりました。

陸奥宗光※らとサンフランシスコやニューヨーク、イギリス、フランス等を外遊します。鉄道の発達に魅力を感じます。

帰国後、日本国内の様々な鉄道事業の出資、設立、経営に携わり、鉄道王と呼ばれました。

模範的な銀行と言われた、今村銀行を設立します。

1902年(明治35年)に惜しまれながら世を去りました。

 

(横浜市内での撮影)

 

名前を伏せて出身地の出早神社へ寄付することを申し出た文書が残っています。陸奥宗光に依頼して書かれた字を用いたのぼり旗を、出早神社に寄贈しました。

地域を離れて事業に成功してからも、地域のことを大切に想っていました。

 

※陸奥宗光ー後に外務大臣となり、カミソリ大臣と呼ばれました。

 

3)取材1日目

高森町を出発後、横浜市へ向かいました。

清之助が店を構えた弁天通りや、旧生糸検査所、生糸の輸出が行われた横浜港周辺を取材しました。

 

(横浜で店を構えた弁天通り)

 

ゲスト出演は、清之助が設立に深く関わった東京株式取引所(現在の東京証券取引所)の職員である千田さんです。清之助を研究して本を出版しています。清之助の成功の秘訣は高森町(現在)出身だったことや、明治時代の経済等について、詳しく解説していただきました。清之助が横浜で過ごした当時が感じられる映像を残せました。

 

(葬儀を行った増上寺)

 

横浜での撮影を終えた後は、東京都の増上寺へ移動しました。

清之助の葬儀が行われた場所です。僧侶120人、参列者は2,000人だったと伝えられています。多くの人々が彼を見送り、悲しんだことでしょう。

 

4)取材2日目

清之助の墓所へ行きました。

平成24年に場所は移りましたが、清之助が亡くなった当時の石塔が移設してあります。功績が刻まれた石板もありました。

 

(清之助の墓所)

 

その後、東京証券取引所(以後、東証)へ。

東京株式取引所(以後、東株)の設立当時の様子や、清之助氏の関わりについて、千田さんから説明を聞きました。

清之助は東株設立に深くかかわっただけではなく、明治期の日本経済の中心にいたそうです。清之助に関する史料が少なかったため、研究するのに苦労したとのことでした。

 

(東京証券取引所)

 

(パネル中央:清之助の身長は推定153cm。当時の平均身長くらいです。)

 

研究を通じて感じたことは、清之助は人をまとめたり、人を立てたりする人柄だったのではないかとのことです。彼のこうした性格が事業の成功に結びついた一方、史料をあまり残さなかったことで、後世に名前が伝わりにくくなったのではないかとのことでした。

東証を出たすぐそばのところに、清之助の住居があったとのことです。近くには同郷の田中平八や渋沢栄一も住んでいました。

 

(東証近くにあった清之助の住居付近で撮影)

 

東京を離れた後は、群馬県桐生市へ。

鉄道王と呼ばれた清之助が初めて鉄道事業に関わった場所です。織物が有名です。両毛鉄道と織物記念館を撮影後、高森町に帰ってきました。

 

(桐生駅。清之助が関わった両毛鉄道の駅です。)

 

厳しい日程でしたが、良い番組にしたいと思い、多くの場所を取材しました。皆さんに楽しんでいただけることを願っています。

この記事に関するお問い合わせ先
教育委員会 文化財保護係

電話:0265-35-9416 / ファックス:0265-35-2973

お問い合わせはこちら