更新日:2021年11月17日

令和3年度 高森町平和推進事業について

広島市・平和記念公園に折り鶴を奉納しました

壬生町長による折り鶴奉納

広島市の平和記念公園に折り鶴を奉納しました

11月16日(火曜日)に壬生町長が広島市国際平和推進部を訪問しました。

事前に送付していた折り鶴を手に取り、高森町で実施している平和推進事業の取組と、2年間派遣が中止されている平和バスの派遣について再開に向けて準備を進めていくことを話しました。


その後、平和記念公園内の原爆死没者慰霊碑に祈りをささげ、「原爆の子の像」にて高森町から送付した折り鶴8万羽を奉納しました。

広島市国際平和推進部長と折り鶴を手に

町民の皆さんが作成していただいた折り鶴

折り鶴作成にご協力いただきありがとうございました

8万羽を超える折り鶴が寄せられました!

8月の平和推進月間に合わせて、8月末までを期限に、町民の皆さん一人ひとりに折り鶴作成へのご協力をお願いしました。


平和への願いを込めて、町民の皆さんに作成していただいた折り鶴の総数は8万羽を超えました。各学校・団体ごとに千羽鶴としても数多く寄せていただきました。

ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。


寄せていただいた千羽鶴は広島市へ送付するまでの期間、中央公民館ロビーに掲示しています。

平和への願いを込めた「折り鶴」を広島へとどけよう!

 

ヒロシマへ平和を祈る折り鶴を贈るようになったのはなぜでしょうか?

広島に原子爆弾が投下されたとき、佐々木禎子(ささきさだこ)さんは2歳で、爆心地から1.7キロメートル離れた家で被爆しました。元気で明るく、かけっこが得意で、将来は体育の先生になる夢を持っていた禎子さんは、小学校6年生のとき白血病で入院します。1年間の闘病の間、名古屋の高校生から病院に贈られた千羽鶴を見て、折り鶴を千羽折ったら病気が治ると信じて鶴を折り続けました。

原爆資料館には、入院中の禎子さんが祈りを込めてクスリを包む紙で折った、小さな鶴が展示されています。

禎子さんの亡くなった後に同級生たちが呼びかけて、折り鶴をささげ持つ少女の「原爆の子の像」が平和記念公園に建てられました。原爆で命を失った子どもたちへの慰霊の塔です。

少女のモデルは禎子さんです。

原爆で亡くなった方々への慰霊と一羽一羽に核戦争をなくす平和の願いを込めた折り鶴が毎年、国内外から届けられています。

 

平和を祈って折鶴の作成にご協力をお願いします

この記事に関するお問い合わせ先
教育委員会 社会教育係

電話:0265-35-9416 / ファックス:0265-35-2973

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